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レトロにフォーカス

column vol.8『生命の木(lignum vitae)

投稿日時:2025年4月
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日本一の頑丈な木

日本産の木材では、最も堅く重たいものといえばブナ科のウバメガシ(Quercus Phillyraeoides)というのはよく知られている通りです。どれぐらい重いかといえば、材が水に沈むほど比重が高くなるのです。ただし、あまり大きくならず大径材を得られないので、もっぱら炭にされるというのもまた、よく知られているところです。例として、有名な備長炭はこのウバメガシを原料にして作られます。

余談ながら、小生が小学生時代を過ごしたところは海岸に近く、ウバメガシやクロマツからなる海岸林があります。幼い時には、森といえばこの海岸林の木々を思い浮かべたものでした。もっとも、当時の小生には、この木が日本で最も堅い木材を生産する樹種であるなどとは知らなかったのではありますけれども。保育園の庭にも生えているなど、日々見かけた木なので、だれかがそんな豆知識を披露してくれてもいいと思うのですけれど。

時は流れて、そんなウバメガシのことを日本一堅い木(そして備長炭の原料になる木)と知ったのはたしか高校生の時でありました。図鑑に載っていた葉を見たとき、幼いときに登ったりどんぐりを拾ったりして遊んだ、まさにあの木であること、その記憶がふいに呼び覚まされたのです。

地球で一番堅い木

高校生のときには、堅くて重い木との驚くべき出会いがもう一つありました。

それは、小生が通っていた高校においてあった、木材の見本がきっかけでした。木材の見本は、国内外に産する種々の木材をおのおの文庫本くらいの大きさの板にして、ひとまとめの箱に収めたものです。それを開けて見たのは一度や二度ではありません。どの木材も、一度は手に取って観察をしました。木材の色や木目の入り方のみならず、手に取ってみるとその重さや、材に通った導管の並び、繊維の鋭さ、匂いまでもわかる[1]ので、好奇心に与えた刺激は計り知れません。バルサ[2]やファルカタ[3]、キリ[4]といった柔らかい木材は、長年多くの生徒が触れて傷や凹みだらけになっていましたが、まぁ触れて学ぶという役目を長年にわたって果たしてきた証左であるといえましょう。

その中にあって、一際強い印象を残す、気になる木がありました。その木はほかのどの木よりも深く黒く、重厚でした。表面を撫でると傷はおろか繊維感もなく、緻密でミステリアスな滑らかさをもっています。南米北部原産、ハマビシ科のその木の名前は「リグナムバイタ」。この名はラテン語で「生命の樹」の意味。植物としてはユソウボク(Guaiacum Officinale)と呼ばれ、またの名をグアヤック。

このリグナムバイタこそ、地球で最も堅く重い木材なのです。その堅さたるや、加工するには金属加工用の機械を持ち出すほど。めったなことではすり減りも傷つきもせず、水や腐敗にも侵されません。

お目にかかったことはない。

ただ、残念ながら、そんなリグナムバイタが市場に出てくることはめったにありません。そのためにはまず、この木が人間とたどった歴史をおさらいする必要があります。

まず16世紀はじめごろ、この植物が欧州に伝わると、この植物が薬として使われるようになりました。梅毒をはじめ多くの病気に効くとされて、この木をさして「生命の木lignum vitae」と呼ぶほど、医師たちはこれを珍重し高値で取引したのです。

16世紀も末になると薬としての人気は下火になりました。しかし19世紀になり蒸気船が世界を股にかけるようになると、リグナムバイタはふたたび脚光を浴びることになります。水に強く、極めて摩耗しにくい性質から、船のスクリューシャフトの軸受けに最適と判明したのです。世界最大級の船でも軸受けにはリグナムバイタが使われて、それからかなり長くの間代わりのものはありませんでした。この耐摩耗性の秘密は、材に含まれる樹脂。触ったときにミステリアスな滑らかさを感じるのもそのためで、この樹脂は熱を加えると出てきます。これのおかげで常に潤滑された状態になるので、軸受けにできるほど強いのです。

ここまで述べたように、リグナムバイタには薬、あるいはあらゆる船の軸受けという大きな需要があって、産地から盛んに輸出されたのです。しかし、このユソウボクは成長が非常に遅いうえに小型な樹種であり、大きくても10mくらいにしかなりません。木立は失われていって、挙げ句の果てに2002年にはワシントン条約[5]の附属書Ⅱに載りました。

さらに、1960年ごろになるとフェノール樹脂やホワイトメタルといった軸受け用の新たな素材が発明され、次々に置き換わっていきました。シェアを失って資源量も枯渇寸前になったリグナムバイタは、めったに出回らない幻の木材になったのです。

植物に詳しい先生に、どこかでリグナムバイタの切れ端が手に入らないか訊いてみても、リグナムバイタが店に並ぶことはないと云われました。

そしてもう一つの…

そこで先生は、リグナムバイタに似た色味があり、やはり重くて堅い木としてコクタンなら手に入るとおすすめしてくれたのです。コクタン(Diospyros ebenum)は、カキノキ科の植物で、インド、スリランカ、東南アジアに分布します。

そうして卒業した後、コクタンの製品を探し求めて、そしてコクタンでできたあるものを見つけました。職人の優れた技術でできたもので、仏具ではありません。それがなにかは語ると長くなりますから、またの機会に譲ることとします。

いまでも、リグナムバイタの切れ端はすごく欲しいものの一つです。でも手に入れるどころか、植物園などでもお目にかかったことはいまだありません。