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四角い円の
レトロにフォーカス

特集 『赤いドレスの影 前編』

投稿日時:2025年2月
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大人にふさわしい装いを

オトナならいい腕時計を持つべきだ――。そう言われていた時代がありました。現代っ子にはスマートフォンの時刻表示があるので、腕時計はもはや必要ないようです。
しかし小生は腕時計をやはり持ちたいと思いました。機械好きな性格がそうさせたのかもしれません。

せっかくいい腕時計を持つなら、壊れるまで末永く使いたい。そして小生の思想や感性を体現する、平たく言うと小生に「似合う」ものであってほしい。

数あるブランドを検討するなかで、永く使える腕時計と考えたとき、白羽の矢が立ったのがIWC(International Watch Company)。IWCは永久修理保証を掲げているため、文字通り一生使えるはずです。そして質実剛健でありながら独特な設計、さらにはタイムレスで粋なデザインをも備えています。実物を見る前から、メーカーはIWCにしたいと決まりました。

二つの候補

気になったのが、IWCからそのとき発表されていた卯年うさぎどしの限定モデル(リファレンスナンバーは忘れました)。理由の一つに、小生が卯年生まれなので記念には最適というのもあります。しかしなんといっても、それは脳裏に焼き付くようなバーガンディ[1]の文字盤を備えていたのです。それが袖口から覘くところを想像するだに、印象は絶大でありました。この印象は忘れがたく、とりあえず話でも聞いてみるかと、販売店へ向かったのです。初めて時計店のドアを開けるときには、大変な勇気をふりしぼらなくてはなりませんでした。今はもう、すっかりその店の顔なじみになれたのですけれど。

どうやら入荷の予定もあるようで、手に入れることも不可能ではない。しかしショーケースを眺めていると、やはり気になるモデルがほかにも出てくるものです。

いくつかのモデルの話をするなかで、店の人が「面白いムーブメントのモデルだ」と時計をショーケースから出してくれました。それこそ購入することとなる「ポルトギーゼ・ヨットクラブ・クロノグラフ」だったのです。思わぬ伏兵が出てきたところで、後日の来店を約束して店を後にしました。

青い腕時計

ポルトギーゼ・ヨットクラブ・クロノグラフ(以下略称「ヨットクラブ」)のムーブメント「cal.(キャリバー)89361」は、IWC自社設計の頑強な自動巻きクロノグラフムーブメントです。時分秒と日付の表示に加え、ボタンを押して操作することで経過時間を測定する機能をもち ――この機構がいわゆる「クロノグラフ」――、クロノグラフはフライバック[2]という特殊操作も可能です。

文字盤は白あるいは青で、店頭にあったのは青い文字盤の個体でした。12時位置には60分積算計[3]と12時間積算計[3]のふたつが同軸にあり、6時位置にはスモールセコンド[4]と、そのなかに日付表示があります。ごちゃごちゃとしたデザインになりがちなクロノグラフでありながら、表示を縦に並べることでエレガントなデザインを実現しているのです。

あえて言うと、小生はスモールセコンドも日付表示も好きではありません。なぜなら文字盤に穴が増えるし、日付変更禁止時間を気にしないといけないし、しばしば3時のインデックスが日付で置き換えられて無くなるし……。しかしこの時計は、両者を同じ位置に配置することで穴が最小になっているので、これならありだなと思えたのです。そして手に入れた後の話にはなりますけども…、当初好きでなかった日付表示、これは意外にも役に立つのでした。生活において今日の日付が気になるシーンは結構あるものです。

そして決断――。

気になる商品を並べて、ああでもない、こうでもないと考える時間こそ、買い物で一番楽しい時間ではなかろうか?いやきっとそうに違いない。そんな購入の瞬間よりも楽しい時間をたっぷりと過ごすことができました。そして考えているうちに、だんだんと防水性能をはじめとする性能が高いヨットクラブのほうに天秤が傾いてきたのです。二つは同じコレクションの中にあるので、デザインコードは共通しています(色を除く)。ならば、より頼もしい性能を備えた方が魅力的になってくるのでした。

そしてついにヨットクラブにしようと決断して、お金を引き出そうとしたところ、ATMからは引き出せませんでした。日曜日だったので、明日窓口から引き出すことにしてその日はまだ購入はせず、改めてほかメーカーも含むいろんなモデルを見ることにしました。その店や数カ所の支店を訪問し、あれもこれもとしげしげ眺めたのです。そこで見たのは、メーカーは違えどいずれも特別な時計を作りだした、設計者たちのあらゆるアイデアと製造技術でした。こんな技術の粋を結集して作り出された機械がいつも腕の上にあるなんて、なんと素晴らしいことでしょう。きっといつでも自信と誇りと、そして現在時刻を……思い出させてくれるはずです。

次の日。ついに窓口から引き出した札束を持って、迎えに行きました。少し意外なことに、店員さんは札束を数えるのにあまり慣れていない様子。「老眼の人に数えさせないでくださいよw」というようなことを云っていたけれども、ともかく1,661,000円[5]ちょうど支払い、ヨットクラブは小生のものになりました。

こうして、大人らしい腕時計のある生活が始まったのです。脳の底に、赤い影を残したままで。


To Be Continued…