音響学の基礎の基礎をおさらい。
先月号では、「物理の観点を手がかりにして、そこから幅を広げていく方針で調べてみたいと思います」と結びました。そのあと、いくつかの初学者向けと思われる文献を漁り、初歩的ではあるものの音響学に関する知見を得られました。
人間が知覚できる「音」は主に空気の圧力変動ですが、それに限らず液体や固体を伝わる振動も広義の「音」と言えます。振動を伝える物質がなければ音は伝わりません。
圧力変動は正弦波で表され、正弦波を一つだけ含むものが純音です。純音でない音も複数の正弦波の組み合わせとして表現され、この組み合わされた正弦波が周波数成分になります。周波数成分を分析するにはフーリエ変換が用いられます。
振幅の度合いによって音の大きさ、周波数の差によって音の高さ、含まれる周波数成分によって音色の違いと知覚され、以上の3つが音の三要素とされています。
学校で受けた音楽の授業で、まず最初にこれらを教えてほしかった。原理がわからないのに、抽象的で主観的なものを理解し、さらには再現しろなど、無理な話です。
人間の知覚という前提
調べた文献には人間の耳とその構造、知覚の特性について説明されていました。ここに重要な前提が隠れています。ヒトが進化の過程で空気の振動を感知する能力を獲得したという歴史的背景です。そもそも、音を感知する能力がなければ、音楽などあり得なかったし、音響学の発展も極めて遅れたことでしょう。
小生の推測ですが、音楽の起源は以下のようなものではないでしょうか。それは、生物が進化の過程で聞いてきたあらゆる音から、生存に都合のいい現象に関連した音 ー例えば被食者の鳴き声ー を「心地いい」と感じるように進化した。やがて人類が誕生すると、「心地いい」音に似たスペクトルを人工的に並べて楽しむようになった…。この説における音楽とは、つまり、進化で得た感覚をハッキングして不正な快感を得る手段なのです。
これは食とお菓子の関係に似ています。進化の過程で栄養価の高い食べ物を「おいしい」と感じるようになり、やがて人類は「おいしい」と感じることそのものを目的にした食品を作り上げました。お菓子は「おいしい」要素ばかりをかき集めて作ったものでありながら、実際の栄養価は必ずしも高くありません。
思考実験:宇宙人の楽団
地球に、遠くの惑星から楽団がコンサートにやって来ました。銀河系でもたいそう評判がいいので、地球人も開演まで浮き足立っていたのでした。
ところが、いざ幕を開けてみると、楽団は何の音も発しなかったのです。初めのうちは理解しようと耳を澄ませていた観客でしたが、たちまち怒り心頭に発して、みなチケットの返金に向かったのでした…。
ある観客が忘れていったコンパスが、複雑なリズムで踊っていました。楽団が持っている楽器は、磁場の変動を発生させるものだったのです。磁場を感じ取れない地球人にとって、磁場で奏でる芸術を理解することはとうてい不可能です。
同じ頃、地球人代表のオーケストラがほうほうの体で帰ってきました。行き先の惑星には大気がなかったらしく、その惑星の住人たちは空気の振動を感じ取れなかったのでした…。
われわれ地球人は空気の振動を感じ取ることができ、それを芸術にまで利用しています。人間に磁場を「聞く」能力があったり、あるいはニュートリノを「嗅ぎ分ける」ことができたなら、それらを利用する科学や文化が発達していたかもしれません。地球にいまいる生物に限っても、たとえばエレファントノーズフィッシュ[1]は電場を感じ取れるし、紫外線を見ることができる昆虫[2]がいたり、超音波を利用するコウモリなどの例もあります。人間に見えている世界は、ほんの一部に過ぎません。
推測は正しいか?
本筋からそれた話はさておいて、音という物理現象を理解するための基礎知識は最低限得られたと思います。すでに文化としての音楽を研究している先駆者がいますから、知恵を借りることにしましょう。役に立ちそうな本をいくつか購入したので、いよいよ来月は答え合わせの時間です。